言い訳の顛末

目が覚めると頭がガンガンと痛くて、小さな音でさえ耳に響いた。

心臓の鼓動と同じリズムで響いてくるから、我慢できなくなって思わずうめいてしまう。

「お目覚めですか」

いかにも不機嫌そうな圭の声がすぐそばから聞こえてきた。

あ、あれ?昨日、僕は・・・・・どうしたんだっけ?


ああ、パーティーに出かけたんだった。








僕はあまりパーティーに出ない。

でもいろいろな事情で出かけなければならなくなる時もある。

売込み中のバイオリニストだからね。

そんなときには、圭が一緒についてくることが多い。

ボディーガードです。なんて言って。

圭に都合がつかなかった場合はマネージャーの宅島くんが同行してくれていたけど、今回はやむを得ない事情日本に戻っていた。

明日には戻ってくることになっていたけど。

今回のコンサートツアーは、圭のスケジュールと合わない予定ばかりですれ違っていて、電話で話すのがせいぜいで、ずっと会えなくて寂しかった。

だから興行先の人が、今夜のパーティーは圭が後から来る事になっていますよ、一緒に行きましょうと言われたもので、こちらに来る予定が早まったのかな?と思った僕は、誘われるままにいそいそと出かけたんだ。


でもいざ行ってみたら、圭はなかなか来ない。


そのうちきっと来ますよ、なんて調子のいいことを言っていた人は、パーティーで僕のことを引き合わせることになっていたらしい数人に会わせると、用は済んだとばかりに僕をそっのけでそわそわと周囲に目を動かしていた。

そのうち目当ての有名な人物が来ていたのを見つけたらしく、『適当に楽しんでいってください』なんて口だけは愛想よく言うと体よく僕のことを追い払ってしまった。

こんな無責任な人間に付いてきた僕が馬鹿だったってことなんだ!

ちょっと考えてみれば、圭がこのパーティーに参加するのなら、きちんと僕にスケジュールを打ち明けていたはずなのに、圭に少しでも早く会いたいと思って『来る』という適当な情報に乗ってしまったのが間違いのもとだったんだ。

きっと彼が言っていたのは希望的な予定ってところで。

つまり口からでまかせってことだ。





それから、えーと。


僕のことを誰と勘違いしたのか、親しげに話しかけてきた人たちがいて。

僕のファンだとか、コンサートに行ったとか言っているらしいんだけど、早口のドイツ語では僕に聞きとりは無理だ。

一杯どうだとしつこく勧められて、カクテルだけを受け取ってそのまま離れようと思っていた。

ところが、『君のコンサートツアーの成功を祈って』とか言ってみんながグラスを上げてくるので、僕も一緒に乾杯することになってしまった。

・・・・・僕は勧められた酒を少し飲んだら、いっぺんに酔いが回ってしまったらしい。

ここ数日のコンサートの疲れが出てきたんだと思う。

ロン・ティボーの後に始まったツアーはかなりスケジュールがきつくて、自分ではなるべく疲れを溜めないようにしていたつもりだったけど、コンサートのあとはからだが重かったり、眠りが浅くなっていくような気がした。

自分では大丈夫だと思っていても、からだの方はそう考えてはいなかったのかもしれなくて、どこかで気を張っていたのが、明日は中休みだという思いのせいで緊張が緩んだのかもしれない。

ちょっと酔いをさまそうと思って庭に出ようかと歩きだしたら、カクテルを渡した人たちが一緒についてきて・・・・・。

これは送り狼かもしれないぞと、酔った頭でも危機感は起きた。

ついてこなくていいと言っても彼等はついてくる。

やむをえず振り切るためにも急いで会場から出ようと歩きだしたら、横から腕が伸びてきて、ぐいっと腰を引っ張られた。

僕を追ってきた人たちにぺらぺらとドイツ語で何か言うと、彼等はあっさりと立ち去っていった。


いったいどうしたんだ?


一方僕を引き寄せた人は、厳しい口調で僕に何か言っている?

『君は・・・・・・・・・・ケイの・・・・・聞いていないのか?』

ドイツ語は今も苦手だ。まして酔いが回っているときに聞けば、いつもなら覚えている単語も聞きとれなくなってしまう。

それでも圭のことを彼が話しているのは何となくわかった。

あれ、僕はこの人を知ってる・・・・・?

僕のもうろうとなりかけていた目に映ったのは、圭の昔の恋人の一人。

どうして彼のことを知っていたのかと言えば、以前圭と二人で出席したパーティーで出会った事があったから。

圭は僕に過去の事がばれないようにと考えたらしくて急いで帰ろうとしてたんだけど、もう過去の恋人のことをとやかくいうつもりはないからと言って、きちんと誰なのか聞いた。

圭は渋々ながら、彼のことを白状した。

ベルリンに留学中に付き会っていた相手だと。

きっと良い関係で別れた相手なんだろうと思う。

パーティーで見た限りでは今も友情は保っているように思えたから。

圭は僕の恋人にしてはもったいないくらいのいい男だから、内心では彼も今もって圭に未練はあるのかもしれないけど、そんな気配はまったく見えなかった。

圭の方も僕への愛は揺るがなくても、彼との間には友情と尊敬は持ち続けているんだろう。

だから僕は嫉妬はしないよ。

君がよい友人たちを持っているのはいいことだと以前言ってあったからね。



その彼が、ここにいる。



今圭の恋人になっている僕をどう思っているのかはあまり分からなかったけれど、少なくとも圭との友情を壊したりするような人柄ではないと思えた。

何事にもしっかりとしたポリシーを持っていて、趣味がうるさい。

美しいものに目がなくて、自分の傍に置くものは全て吟味していると聞いた。

話を聞くだけで、いかにもヨーロッパの歴史を背負った貴族って感じがした。

僕に手を差し伸べてくれたのは、僕が圭の恋人だということを知っていたからであって、やむをえず手を貸してくれたんだろうと思う。

その人に、申し訳ないけどイタリア語での会話をと頼んだら、あっさりと切り替えてくれた。

僕に帰るように警告してくれたから僕も素直に帰る事にした。こんなところに長居をするべきじゃないのは酔った頭でも分かったから。

彼はすっかり酔いが回ってしまってふらふらしていた僕を支えてくれて、給仕の人に圭への伝言を言っているのは分かった。

それから会場を出て、そのままタクシーに乗せられて・・・・・。




その後どうなったのか記憶がない。

でも、ちゃんとホテルに帰ったんだから、送ってもらったん・・・・・だろうなあ。

いや、待った。

どこか知らない場所にもいた気がするぞ。

赤い寝椅子が置いてあった・・・・・と思う。あれはこのホテルの部屋にはないものだ。


それじゃあどこだったんだろう?


僕はずきずきする頭をかかえて、おぼろな記憶の中にあるはずの、その後の出来事を捜して呻いていた。

「シャワーを浴びてすっきりしてらっしゃい。二日酔いでしたら何か腹に入れてから薬を飲んでおいた方がいいですよ」

何か言われるかと思っていたのに、圭は昨夜の事には触れずにかいがいしく世話を焼いてくれた。

圭は優しいから、僕の体調を気にして、まず介抱を先にしてくれたんだよね。

水分を補給してからシャワーを浴びて、何とか食べられる食事をとって薬を飲んで、いくらか頭痛がましになったところで、圭が僕の正面に座り、厳しい口調で僕の甘さについてこんこんとお説教を開始してきた。

確かに僕には危険を感知するのが鈍い。

もし昨日そのまま知らない連中に引っ張られてどこかとんでもない場所へ連れていかれたらいったいどうなっていたことか。


ぞっとなった。


二度と知らない人から勧められた酒には手を出さないし、パーティーに一人きりになったらさっさと帰る事にする。

圭を心配させるようなことは絶対にしないから!




でも、昨日で会ったあの人のことは別。

圭を独占している僕の危難を、知らぬふりでいても構わなかったのに助けてくれた人なんだから。

僕を部屋へと連れて帰ったのは僕に何かしようとしたわけじゃないと思う。

あれは、きっともう一度圭に会いたかったから、そんな手のこんだいたずらをしたんだろう。

それを考えると圭に悪い事をした。

昔の事で圭を傷つけるようにしてしまったのは、僕のせいだ。

酔っぱらって前後不覚になってしまったからなんて、言い訳にもならない。

いくら今は友人となっている人だからって、圭への未練を持たせるきっかけを作ってしまったのは僕の失敗だ。

二度とこんなヘマな真似はしないよ。

ごめんね、圭。



今まで会ったことのある圭の悪友たちは、ひと癖あるような人が多いけど、することとしないことをきっちりと分けて、自分自身のルールを決めているようだった。

それは善悪で分けたものではないかもしれないけど。

少なくとも恋人と別れるときはなごやかに別れ、また逢った時には友人として出会うことが出来るような大人なんだ。

『昔の友人』に"嫌がらせ"をして、友情や思い出を台無しにするようなことはしないと思う。

それに圭のことを好みだと思う人が、僕のような平凡でたいした顔をしていない男に注目するなんて考えられない。

まして美しいものに目がないという人が僕を襲うなんて・・・・・はは、それこそ圭の考えすぎだよ。




でも・・・・・そう言えば、あの部屋で誰かが僕にキスしていた・・・・・んじゃなかったか?


まさか?


夢うつつでキスされたせいで、あれは圭だと思いこんでいたんだけど、もしかして彼・・・・・だったのか?








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








きっと気のせいだ。僕の夢に違いない。

次に会った時にもそんな素振りはまったく見られなかったんだから。

僕の勘違いに違いないよ。うん。





圭は僕の言葉に渋い顔をしたまま黙っていて、反論してこなかったのは僕の言い分が間違っていなかったんだと思った。

けど、そのまま納得したわけじゃなかったらしい。



ようやくコンサートツアーが終わった晩のこと。

圭の方も休日がとれたからって、圭の知っているホテルに部屋を取ってくれた。

ゆっくりと食事をして、二人で風呂に入って、夜の時間を堪能しようとベッドインした。

キスから互いを愛撫しあい、久しぶりの交歓にのどをならして溺れこんでいき・・・・・。

圭はとても情熱的だったけど・・・・・。



いくらなんでもやり過ぎだよ!



僕は泣きながら許しを乞う事になってしまった。

何度も高みへと追い上げられて、出るものなど何も無くなっているのに、また絶頂へと押し上げられていく!

「け、圭!もう、無理・・・・・。これ以上は・・・・・」

「ねえ、悠季。約束してくれませんか。僕は心の狭い男で、君がたとえ安全だと信じているような相手でも、二人きりでいるという状態は耐えられないものがあるのですよ。聞いていますか?」

「・・・・・分かったから・・・・・」

「僕の昔の悪友たちのことを、君が信じていてもですね。心の平安のためにも、僕のいないところで会ったりどこかについて行ったりはしないでください」

「い、行かないから・・・・・っ!」

何度も繰り返して圭はしっかりと念を押した。

僕は何度もうなずいて、かすれてしまった声で何度も約束してみせた。





・・・・・も、もう、許して・・・・


二度と誰かと一緒について行ったりしないかないから。


約束するから。

















・・・・・お願い。もう、眠らせて。













いいわけのてんまつ